「最近の若いやつは何考えてるんだ!!」

缶コーヒーを握り締める大泉の手は、怒りでプルプル震えている。

「どうしたんですか?先輩」

社員食堂で遅めのランチを取っていた小泉は、箸を置くと直ぐ傍で仁王立ちしている大泉を見上げた。

「きーてよ小泉君。最近、報告書がスマホでも提出できるようになったじゃないですか。それで入力するところをちょっと間違えちゃったときがあってね。そうしたら、営業部全員が参加してるSNSのスレッドに『大泉さん。提出先を間違えていたので、部長に転送しておきました。二回目ですよね?使い方、まだ覚えていないんでしょうか?』って名指しで投稿した奴がいてさ!!!」

すごい勢いで愚痴を並べながら、テーブルを挟んだ向かいの席へ腰掛けた。

小泉は再び箸を手にする。本日のランチは天麩羅蕎麦だ。彼にとって大泉は大切な先輩だが、麺の鮮度も大切だ。

(ああ、あの、悪気はないけど言い方が悪い上に他人とコミュニケーションを取るのが苦手なあの子か……)

大泉は誰とは言っていない。

けれど人事で係長をしている小泉には、誰の事か直ぐに分かった。。

相槌は打たず、麺を啜る。大泉がヒートアップした時は、ひとまず好きなだけ喋らせる方が良い。

「確かに、間違えた僕が悪いけども、言い方ってもんがあるでしょう??年上だよ?上司だよ??みんなが見るところに、人のミスをさらして笑いものにするような投稿して、僕や周囲がどう思うか考えないのかね!??」

考えた上で投稿した可能性がある。

けれど、人の良い大泉はそこには思い至らなかったようだ。

「それは……言い方が悪かったかもしれませんね」

小泉は、あえて指摘せず曖昧な同意を返す。

「やっぱりこれはガツンと言ってやらなければならないね!!!」

ビールジョッキを傾ける勢いで、コーヒーを飲み干すと、大泉は机の上に空き缶をバンッと置いた。

良くも悪くも熱い男だ。ヒートアップし過ぎている。

「コミュニケーションの問題として指導するのはいいんですけど、そのテンションで変な事言わないで下さいよ。最近パワハラとかうるさいじゃないですか」

「かーーーー!!!ぱわはら!!!パワハラパワハラ!そんなのが怖くてやってられないよ!!ここはそういうところ怖がらずに、ガツンと言ってやるよ!!!」

腕を組んで、フンッ!と鼻息を荒くして息巻いている。

小泉には嫌な予感しかしない。

「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ。感情的になった挙句ガツンとやっちゃって、パワハラで訴えられた判例があるんですよ!!」

~~~判例解説~~~

某有名ファストファッションの店舗でのパワハラ事件です。

◆事件の概要

店長代行として勤務していたXは、店舗運営日誌に「店長へ」と名指しし、店長であるY2の仕事上の不備を指摘する記載をした。

更にその横に「処理しておきましたが、どういうことですか?反省してください X」と書き添えた。

この記載を見たY2は、晒し者にされたと感じ、休憩室にXを呼び出し

「これ、どういうこと」「感情的になっていただけやろ」等と説明を求めた。

これに対してXは「事実を書いただけです」「感情的になっていない。2回目でしょう」と答えた。

右手を握り締め殴るような仕草を見せたY2に対し「2回目でしょう。どうしようもない人だ」

と言い、鼻で笑う態度を示した。これらXの態度にY2は激高し、Xに暴力を振った。

その後の労災申請手続などにおいて、同社従業員から不当な対応をされ、これによって外傷後ストレス障害(PTSD)に罹患した等と主張。

Y1社および被控訴人(兼附帯控訴人)、一審承継参加人Y3社ならびにY2に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めた。

結果、従業員からの暴行及び、その後の会社担当者の発言が不法行為に当たるとして、損害賠償請求、慰謝料請求が認められた。

(ただし、Xにも引き起こす要素があったとして、減額されている。)

Y2は、会社と連帯してこの支払いを命じられた。

~~~

「……ね??」

食事を終え、話も終えた小泉は、熱い茶で喉を潤す。

「その……いろいろ考えさせられるところがある話だね……」

先程の勢いはどこへやら。小泉の目の前では、妙に意気消沈した大泉が肩を落としている。

「とにかく、どんなに腹が立っても手が出たり、感情のまま酷い暴言を吐いたりすれば、パワハラになって、損害賠償請求をされるかもしれないんです。今はハラスメント防止の義務もあるから、会社の懲戒も厳しいものになるでしょうし、今後の評価も下がります。せっかく今まで頑張ってきたのにもったいないじゃないですか。
あと、こういうのを上手く収めるのも、上司の力量ですよ。僕は大泉さんなら上手くできると信じてますから」

実直で熱くなりやすい先輩を諌めるにもコツがある。

長い付き合いの小泉は、大泉の指導を咎めるのでは無く、事例を挙げた上で『信頼』を軸に話を進めたのだ。

「……そう?そうかなぁ。そうならちょっと怒らないように頑張ってみるよ」

冷静になった大泉は、怒りに任せて指導する危険性を認識した。手持ち無沙汰なのか、空っぽの缶コーヒーを弄びながら思案している。

「でも……この人の発言も良くないですから、こんなことを言われてどう思うのか、皆がみられるところでミスを指摘するのは恥ずかしいと思う人が多いから止めた方が良いとか、そういうことはちゃんと教えてあげなきゃいけないですよね」

「……結構難しいこと言ってるね」

部下への指導の中には、円滑なコミュニケーションの取り方や、対人関係へのサポートも含まれるという事だ。

「それが、今どきの上司の仕事ですよ」

先輩が納得してくれた事に安堵した小泉は、満足そうな笑みを返した。

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